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福岡高等裁判所 昭和58年(う)487号 判決 1984年7月17日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人河野善一郎、同岡村正淳、同安東正美、同古田邦夫、同指原幸一が連名で差し出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官清水鐵生が差し出した答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中事実誤認の主張について

所論は、要するに、被告人は、原判示の喫茶店「カルチエラタン」前の街路樹支柱にはその判示のポスターを表示したことはないのに、原判決が、いずれも信用性のない証人中園俊治、同稲田利幸の原審公判廷における各供述を証拠として採用し、被告人において右「カルチエラタン」店前の街路樹支柱にもその判示のプラカード式ポスターを表示した事実を認定したのは事実を誤認したものであつて、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

しかし、証人中園俊治、同稲田利幸の原審公判廷における各供述は、いずれも十分信用するに値するものであり、これらを含む原判決の挙示する各証拠によると、原判示の事実は、所論の点を含め、これを認めるに十分であつて、記録を精査し、当審における事実取調べの結果を検討しても、原判決の右事実の認定に誤りがあることを疑わせる証跡はない。すなわち、証人中園俊治、同稲田利幸の原審公判廷における各供述は、いずれも当時大分県大分警察署警備課勤務の司法警察職員であつた右証人両名において、防犯夜警に従事中、被告人によリプラカード式ポスターが針金で街路樹の支柱にくくりつけられているのを現認したので、被告人に対して職務質問を行なつたうえ、被告人を大分県屋外広告物条例違反の容疑で現行犯人として逮捕し、その現場付近一帯の実況見分を実施したときの状況、その際における被告人の言動及び同証人ら自身の判断経過などの一部始終を具体的、かつ、詳細に表現した内容のものであり、同証人らが、自ら体験した事実をそれぞれの記憶に従い忠実に述べたものとしてそこになんら不自然、不合理な点はなく、しかも、それらは、いずれも、証人中園俊治の当審公判廷における供述及び同証人作成の実況見分調書の記載とも符合していて一貫性があるところ、前記「カルチエラタン」店前で右のとおり被告人を逮捕した直後に撮影した写真が公判廷に提出されないで、前記実況見分調書には他の機会に撮影された右「カルチエラタン」店前の写真が添付されているが、証人中園俊治の当審公判廷における供述によると、同証人は、被告人を右「カルチエラタン」店前で逮捕した後、被告人とその場の街路樹支柱に表示されたプラカード式ポスターとをともに収めた写真を撮影しようとしたが、被告人が身をかわして、その撮影に失敗したため、写つていた写真を証拠価値のないものと判断し、これを検察官へ送致しないで、ネガフイルムとともに廃棄したものであること、同証人は、右のとおり撮影に失敗したため、被告人が大分警察署に護送された後、一旦同署に立ち戻り、実況見分の用具を携えて、右「カルチエラタン」店前まで引き返し、同所付近の実況見分を行なつて、前記の街路樹支柱に表示された状態のままにしておいたプラカード式ポスターの写真撮影をし、右プラカード式ポスターは、同時に差し押えられた針金とともに、大分警察署まで運ばれたこと、その後、大分警察署からの指示により、第三者の立会のうえで実況見分が進められることになり、同署の要請によつて、大分中央消防署から同署職員の岩坂雄二が派遣され、同人の立会のもとに、飲食店「ぶんごおかめうどん」前その他の場所の実況見分がなされ、写真が撮影されたが、右「カルチエラタン」店前の、プラカード式ポスターはすでに取りはずされていたため、同人立会のもとでの写真撮影はされなかつたことが認められることに徴すると、被告人が逮捕された直後に撮影された写真が公判廷に提出されなかつたからといつて、前記証人らの各供述の信用性をそこなうものではなく、また、証人中園俊治の原審及び当審各公判廷における供述によると、同証人は、被告人が大分警察署に引致された後、前記「カルチエラタン」店の経営者と思われる女性に対して同店の所在地番を尋ねて確認をしたことが認められ、これによると、証人中園俊治、同稲田利幸の両名において被告人の逮捕場所の特定に混乱があつたとは考えられず、更に、前記「ぶんごおかめうどん」店前から右「カルチエラタン」店前に至る被告人の行動に要する時間と前記証人両名が被告人を目撃してから右「カルチエラタン」店前の被告人の傍に停車するまでの所要時間との関係についても、同証人両名の原審公判廷における各供述によると、同証人両名は、前記「ぶんごおかめうどん」店前にいる被告人がプラカード式ポスターを針金で街路樹の支柱にくくり終る直前の状態を、そこから約一五メートル手前を進行中の自動車内で現認して、直ちに徐行を始め、五キロメートル毎時位の速度で進行しながら、被告人の動きを観察しながら、右「カルチエラタン」店前まで進行したところ、被告人が、同店前で、プラカード式ポスターを針金で街路樹の支柱にくくりはじめたことが認められ、これによると、右証人両名と被告人の前記所要時間との間に矛盾があるということはできないから、同証人両名の各供述は、いずれも、十分信用することのできるものであつて、右各供述を含む原判決の挙示する各証拠によると、

1  大分県大分警察署警備課勤務の司法警察職員中園俊治、同稲田利幸の両名は、同署防犯課の計画立案に基づき、昭和五五年五月一一日、夜間における犯罪(公職選挙法にいう事前運動を含む。当時は、参議院議員選挙の告示前であつた。)の予防及び少年補導等を目的とする防犯夜警に二人一組として出動することになつた。右夜警は、午後八時から午前〇時までの前半と、午前〇時以降の後半とに分かたれ、その前半の部には、中園俊治、稲田利幸ら前記警備課から参加の五、六名を含む約一六名の司法警察職員が参加した。

2  中園俊治及び稲田利幸らの指示された右夜警の範囲は、大分市内の津留派出所管内であつたので、中園俊治は、稲田利幸の運転する大分警察署の公用車(パトロールカーではない。)に同乗して出発し、同市内昭和通交差点を左折し、舞鶴橋を渡り、国道一九七号線を東進して、鶴羽橋まで行き、同所から折り返して、暴走族あるいは少年達の溜り場と目されていた陸上競技場へ向い、前記国道の片側二車線の中央線側を西進中、同市東津留一丁目五番九号のしいたけ店「寿園」前の道路左脇に軽四輪貨物自動車が一台停車し、その後ろに二名の男がいて、そのうちの一名が右自動車からプラカード様のものをおろしているのを現認したので、プラカードがその付近に立てられるのではないかと考えはしたものの、その際、道路中央線側を進行していて、後続車もあつたため、そのまま一旦通過し、稲田利幸に指示して、その先の「百万ドル」パチンコ店前の交差点から右折(陸上競技場の方向)して三〇ないし四〇メートル進行した地点で前記公用車を停止させ、同人と相談のうえ、右二名の男に対し、本件大分県条例違反の容疑で職務質問をすることとし、稲田利幸の意見に従い、相手が二名であることをおもんばかり、無線で前記警察署に応援を要請したうえ直ちに右「寿園」店舗前に引き返したところ、同店前には、前記貨物自動車を発見することはできなかつたものの、その付近の街路樹の支柱にプラカード式ポスターが針金でくくりつけられているのを認めたため、更に数十メートル西進したところ、同日午後八時三〇分ころ、一名の男(以下、一応「その男」という。)が、同市東津留一丁目五番一号の飲食店「ぶんごおかめうどん」前の歩道上で、そこにある街路樹の支柱にプラカード式ポスターの柄をくくりつけているのを現認したので、その男との距離を一五メートルくらいにまで近付けた前記公用車の中から、ポスターとその男の行動をつぶさに観察した。

3  その男は、右「ぶんごおかめうどん」店前の歩道上で、中腰の姿勢になつて、そこの街路樹の支柱にプラカード式ポスターの柄の下の方を針金でくくりつけ、それが終ると、下に置いてあつた針金の束を拾い上げて、これを携え、そこから歩道上を徒歩で約一六・六メートル(原判決九枚目裏九行日に「約八・八メートル」とあるのは誤記と認める。)西進して、同市東津留一丁目一番八号の喫茶店「カルチエラタン」前の街路樹のところまで行き、右針金の束を下に置いて、そこに置いてあつたプラカード式ポスター一本を手に取り、その表側を車道に向け、柄の部分を街路樹の東側の支柱に沿わせて、所携の針金で柄の部分の上方をくくり始めた。

4  中園俊治は、稲田利幸とともに、その男の以上の行動を見届けた後、稲田利幸に指示して、前記公用車を右街路樹のすぐ横に停止させ、同車から降りて、その男に近付き、そのときは中腰の姿勢でプラカード式ポスターの柄の下の方を針金で街路樹の支柱にくくりつけていた同人に対し、自己のポケツトから警察手帳を出して、「警察の者ですが、何をしているんですか。そこは県の広告条例で禁止されておりますよ。」と話しかけたが、その男は、ただ中園俊治の顔を見上げただけで、プラカード式ポスターの柄を右支柱にくくり終えた。

5  そこで、中園俊治は、その男に対し、右の警察手帳を示したうえ、「そこは県の条例で違反ですよ。あなたはどなたですか。住所と名前を言つて下さい。」と職務質問をしたところ、その男が、「言う必要はない。なんの権限で聞くのか。」とか「責任者に聞いてくれ。」とかなど申し立て、稲田利幸や応援の司法警察職員の職務質問に対しても、自己の住所氏名を明らかにしようとしなかつたばかりでなく、質問の途中で、急に後方を向いて立ち去りかけたので、その男に逃亡のおそれがあるものと判断し、同人に対し、大分県屋外広告物条例違反の現行犯人として逮捕する旨を告げたうえで、同人を右条例違反の現行犯人として逮捕し、その際、前記プラカード式ポスター一本(原庁昭和五六年押第五号の1)及び同人の所持していた針金五七本(同押号の2)を差し押えたが、その男が被告人(以下、「その男」を用いない。)であつた。

6  ちなみに、前記の「カルチエラタン」店前及び「ぶんごおかめうどん」店前の各街路樹の支柱にくくりつけられたプラカード式ポスターの状況は、前記のとおりであるほかは、原判決説示のとおりである。

以上の各事実を認めることができ、これらの各事実によると、原判示の事実は優にこれを肯認することができる。被告人の原審及び当審各公判廷における供述並びに原裁判所の検証調書中の被告人の指示説明部分のうち、右認定に反する部分は、いずれも、その余の前記各証拠に照らして信用することはできない。もつとも、原判決は、被告人の原審公判廷における供述及び原裁判所の検証調書をも証拠として挙示しているのであるが、原判示の事実からすると、原判決も、同供述及び同調書中の被告人の指示説明部分のうち右の信用できない部分は、いずれもこれを証拠として採用しない趣旨であることが明らかである。原判決には所論のような事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

控訴趣意中憲法違反による法令解釈適用の誤りの主張について

所論は、要するに、大分県屋外広告物条例四条一項三号、三三条一号は、表現の自由を保障した憲法二一条に違反していて、それ自体無効であるか、あるいは、少なくとも、本件に適用される限りにおいては憲法二一条に違反するから、原判決が右条例四条一項三号、三三条一号を適用して被告人を有罪としたのは、法令の解釈適用を誤つたものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

ところで、広告物の表示又は掲出が思想表現の一手段であることはいうまでもなく、表現の自由が基本的人権として尊重されなければならないことは憲法上明白であるが、その表現の自由も、決して全く無制約のものではなく、公共の福祉のためには制限に服する場合もあることは多言を要しないところであつて、本件大分県条例も、屋外広告物法に基づき、同県における美観風致の維持及び公衆に対する危害の防止という社会公共上の利益の観点から、広告物の表示の場所、方法及び広告物掲出物件の設置維持等についての規制をしているものであり、この種の禁止規定に違反する行為を処罰することが憲法二一条に違反するものではないことは、最高裁判所昭和四三年一二月一八日大法廷判決及び同裁判所昭和四五年四月三〇日第一小法廷判決により明らかであるところ、本件大分県条例によつて保護される公共の利益が美観風致及び公衆の安全にあること右のとおりである以上、それは、広告物の表現しようとする内容が営利的であるか、非営利的であるかの問題ではなく、広告物の外形的な存在それ自体が美観風致及び公衆の安全を害することを問題としているのであるから、広告物の表現内容が営利的であるか、非営利的であるかにより規制に差を設けないからといつて、その規制が不合理であるということはできず、また、本件大分県条例四条一項三号は、街路樹、路傍樹のほか、その授権法である屋外広告物法四条二項二号に直接規定されておらず、かつ、全国的にも条例による規制例の少ない、街路樹、路傍樹の「支柱」をも、広告物表示禁止物件としているが、街路樹又は路傍樹なるものは、その生立する姿が、背景と相まち、独立樹としても、はたまた、並木としても、美観風致の趣をいや増すものであるから、これらに広告物が表示されると、その美観風致がそこなわれる結果の生じることはおのずから明らかであるところ、街路樹又は路傍樹の「支柱」それ自体にはこれを保護しなければならないほどの美観風致の趣はないけれども、「支柱」は、文字どおり、もともと、「物をささえる柱(つつかいぼう)であつて、ささえられる物の存在を前提としており、街路樹又は路傍樹の「支柱」は、街路樹又は路傍樹を保持することを目的として、これらに近接した位置に設置される関係上、その位置、形態及び目的からして、街路樹又は路傍樹の付属物と目されるものであつて、その「支柱」に広告物を表示することが放任されると、街路樹又は路傍樹に広告物が表示又は広告物掲出物件が設置された場合と全く同様に、これらの行為を禁止して、美観風致を維持し、又は、その近くを通行する公衆に対する危害を防止しようとする屋外広告物法の目的が達成されにくくなることは、自明の理であるから、右目的達成のために、街路樹又は路傍樹ばかりでなく、これらに付属するその「支柱」をも広告物表示等の禁止対象物件とすることは、合理的な根拠があるものというべきであり、そうであるからには、本件大分県条例四条一項三号が、広告物掲出可能物件のことごとくを禁止物件にとりこみ、屋外広告物の掲出を実質上全面禁止するに等しい状態においているとすることはできないことはもとより、いかなる禁止違反行為もすべて行政的対応のみをもつてその禁止の目的を達成することが可能であるとはいえず、その目的を達成するためには、行政的対応と刑罰適用の両面からこれに対処することこそがむしろ合理的な場合もあることからすると、本件大分県条例が、行政的対応のみでその禁止目的を達成することができるのに、直ちに刑罰をもつてのぞんでいるということもできないから、本件大分県条例四条一項三号、三三条一号が基本権制約の必要最少限度の原則に反するものとすることはできないし、前認定の事実関係のもとにおいては、右条例四条一項三号、三三条一号を本件に適用することが違憲であると解することもできない。論旨は理由がない。

控訴趣意中屋外広告物法四条二項の解釈の誤りによる法令解釈適用の誤りの主張について

所論は、要するに、本件大分県条例四条一項三号が街路樹及び路傍樹の「支柱」にも広告物を表示し、広告物を掲出する物件を設置することを禁止したのは、屋外広告物法四条二項の授権範囲を逸脱するものであるから、その効力はないのに、原判決が、本件大分県条例四条一項三号の定めは同法の授権範囲を逸脱していないとして、本件に同条例四条一項三号の規定を適用したのは、屋外広告物法四条二項の解釈を誤つたものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

ところで、普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて、条例を制定することができるのであつて、本件大分県条例が屋外広告物法に基づいて制定されたものであることは、同条例一条によつて明らかであるところ、同法四条二項が、広告物を表示し、もしくは広告物を掲出する物件を設置することを禁止することのできる物件として、その二号に掲げる物件は、「街路樹及び路傍樹」のみであつて、それらの「支柱」までをも掲げていないことは、所論のとおりである。しかし、街路樹又は路傍樹の付属物と目されるそれらの「支柱」をも広告物表示等の禁止対象物件とすることが合理的な根拠を有するものであつて、そうすることが基本権制約の必要最少限度の原則に反するものではなく、憲法に違反するものでもないことは、さきに説示したとおりであり、従つて、同法四条二項二号が街路樹又は路傍樹の「支柱」をことさらに排除しているとは到底解されない以上、普通地方公共団体としては、十分に成長して、もはや「支柱」を必要としない街路樹又は路傍樹をかかえる地域又は場所はともかく、まだ「支柱」のある街路樹又は路傍樹の存在する限り、その地域又は場所につきそれらの「支柱」をも広告物表示等の禁止の対象物件とするかどうかは、当該普通地方公共団体の郷土を愛する裁量に属するものと解すべきであるから、本件大分県条例四条一項三号には、屋外広告物法の授権範囲を逸脱した違法はない。論旨は理由がない。

控訴趣意中構成要件不該当性及び可罰的違法性不存在による法令解釈適用の誤りの主張について

所論は、その控訴趣意第三の三のとおり、被告人の本件所為は、本件大分県条例四条一項三号、三三条一号に該当しないし、仮に該当するとしても、被告人には可罰的違法性がないから、原判決が、被告人の本件所為につき右条例四条一項三号、三三条一号を適用し、かつ、被告人につき可罰的違法性があるとして、被告人を有罪としたのは、法令の解釈適用を誤つたものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

しかし、街路樹又は路傍樹の付属物と目されるそれらの「支柱」をも広告物表示等の禁止対象物件とすることが合理的な根拠を有するものであつて、そうすることが基本権制約の必要最少限度の原則に反するものではなく、憲法に違反するものでもないことは、さきに説示したとおりであり、被告人がポスターの貼りつけられたプラカードを街路樹二本の各支柱にそれぞれ針金でくくりつけて、同各支柱に右広告物を表示したことは、さきに認定したとおりであるから、被告人の本件所為が本件大分県条例四条一項三号、三三条一号に該当することは明白であり、かつ、原判決の挙示する各証拠、殊に司法警察員作成の実況見分調書によると、被告人の本件所為により美観風致がかなりそこなわれたことを認めることができるから、被告人の右所為に対し行政上の措置がとられていないからといつて、その所為が可罰的違法性を有しないほどのものとすることはできない。論旨は理由がない。

控訴趣意中公訴権の濫用による不法な公訴の受理又は実体的訴訟関係存続条件欠如による免訴の主張について

所論は、その控訴趣意第三の四のとおり、本件公訴の提起は、検察官の公訴権の濫用によるものであるから、本件については、刑事訴訟法三三八条四号により公訴棄却の判決が言い渡されるべきであるのに、原判決がこれを看過して、被告人に対し有罪判決を言い渡したのは、不法に公訴を受理したものであり、仮にそうでないとしても、本件は、その実体的訴訟関係が存続するための条件を欠くものであるから、本件については、同法三三七条の規定を類推適用して、免訴の判決が言い渡されるべきであるのに、原判決が被告人に対して有罪判決を言い渡したのは、法令の解釈適用を誤つたものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

しかし、検察官の訴追裁量権の逸脱が公訴の提起を無効とならしめるのは、公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるものというべきである(最高裁判所昭和五五年一二月一七日第一小法廷決定)ところ、原審において適法に取り調べられた証拠及び当審における事実取調べの結果を検討すると、本件公訴の提起自体が検察官の、職務犯罪を構成するような極限的な行為によるものでなかつたことはもとより、本件の捜査及び公訴の提起が特定政党の宣伝活動を弾圧する意図のもとにこれをねらい打ちにしたものでもないことが認められ、また、本件大分県条例三六条も、憲法上当然な内容を規定したまでのことであつて、別に同条例を適用してはならないとしているものではないことはいうまでもなく、被告人の本件所為に可罰的違法性のあることは、さきに説示したとおりであるから、所論のように、本件公訴の提起は、検察官の公訴権の濫用によるものではなく、本件は、実体的訴訟関係存続の条件を欠くものでもない。論旨は、すでにその前提において、理由がない。

控訴趣意中本件公訴の提起が本件大分県条例三六条に違反するとの主張について

所論は、要するに、本件大分県条例三六条は、いわゆる訴訟条件を定めたものであるところ、本件公訴は、同条に違反して提起されたものであるから、本件については、公訴棄却の判決が言い渡されるべきであるのに、原判決が被告人に対して有罪判決の言渡しをしたのは違法である、というのである。

しかし、本件大分県条例三六条の趣旨は、さきに説示したとおりであつて、同条は、訴訟条件を定めたものではないから、論旨は、すでにその前提において、理由がない。

それで、刑事訴訟法三九六条により、本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、同法一八一条一項本文を適用し、これを被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

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